講 演 録

 

主題「IT革命とこれからの海事社会」

 神戸商船大学客員教授

(株)日本海洋科学 副社長

 冨久尾 義孝氏

ただいまご紹介にあずかりました冨久尾でございます。

今日は、私の本業であります海事コンサルタントの業務を通じて、最近感じていることを取りまとめて、皆様にお話し申し上げたいと思います。

話のテーマは4つございます。

1つは、我が国の海事社会の現状分析2つめは最近の欧州海事社会の動き、3つめはIT(情報技術)への取り組みを含めた我が国海事社会の新しい動き、最後はこれからの我が国海事社会に求められるものについてです。

 

(1)    我が国海事社会の現状

最初に我が国の海事社会の現状を少し分析してみたいと思います。

まず、最近15年間における主要国のコンテナの扱い量を国別に見てみましょう。

15年前の1985年当時は、アメリカが第1位、日本は第2位でございましたが、これが2000年の一番新しいデータでは、中国が1位、シンガポールが2位、日本は第4位に転落しています。また、15年前には1,000隻を超えておりました日本籍の外航船も、現在では154隻と極端にその数を減らしています。これに伴いまして、日本人船員の数も激減しておりまして、20年前には内外航を合せると15万人近くに達していたものが、今では5万人程度と1/3になってしまいました。

とりわけ、外航船員だけを見ると、この25年間に45,000人から4,000人へと、何と1/10に激減していることが分かります。更に、その外航船員の年齢構成を見てみますと、45才から50才くらいのところに年齢が集中しているため、このままあと10年も経ちますと、外航船員1,500名の社会が確実にやって来ます。これ程急激に雇用状況の変わった産業も、石炭を除けばそれ程多くはないと思います。

 

造船の世界においても同じような現象が発生しております。この25年間、日本は新造船の建造でどんどん韓国に追い上げられ、2000年は遂に抜かれてしまいました。これに伴って造船業の就業者数も25万人から8万人へと大幅に減少しております。

最後に、港でございますが、世界の主要港のコンテナ取扱量を見ますと、1975年頃世界第3位の地位を占めていた神戸港が今では何と19位にまで落ちております。代わって伸びたのが香港、シンガポールで、それぞれ1位、2位を占め、その扱い量も神戸、横浜に比べますと実に7倍にも達しております。

 

以上が、海運、造船、港湾に代表される我が国海事社会の現状です。こうした事態に立ち至る背景には、為替問題をはじめ、様々な原因があるはずですが、見逃せないのは、この社会が一時世界のトップに立ったことから、その成功体験にどうも胡座をかき過ぎたのではないかという点です。その結果、閉鎖体質が強化され、社会構造の変化に対応し切れず、今日の事態を招いたと言えるのではないでしょうか。

(2)    欧州における海事社会再生に向けた動き

海事社会の構造変化は、日本に限らず欧州においても、1980年代に既に発生しております。

ノルウェーでは、この問題を乗り切る目的で、マリタイム・クラスターと称する運動を立ち上げました。クラスターというのはブドウの房の意味で、船会社をはじめ、造船所、メーカー、学校、研究機関等々の海事関連組織が集まって、力を合わせて新しい海事分野の開拓をやろうという活動です。

具体的には、船主協会がクラスターの中心になり、それにエンジニア集団、オフィサーの組合、船主、造船所、計器メーカー、ブローカー、金融・保険関係団体、船級協会、大学、研究所、コンサルタント等が参加しております。成立目的ははっきりしており、

@     ノルウェー政府の政策を海事社会に有利な方向に動かすべく活動を行うこと。

A     各海事産業間の連携を強めるための活発な活動を行うこと。

B     ノルウェー海事産業の最大利益を世界に向かって求める活動を行うこと。

3点です。

こうしたクラスター運動の結果、ノルウェーは現在1,700隻の外航船を有し、船腹量ではギリシャ、日本に次いで世界第3位の地位を占めるに至っております。雇用の方も海上分野で2万人、陸上分野で1万人のノルウェー人職域を創造したと言われております。海上の2万人はノルウェー人のオフィサーです。

人口僅か430万人、我が国人口の1/30に過ぎない小国ノルウェーが、クラスター活動によってこれだけの成果を上げている事実を我々は謙虚に見つめ、大いに参考にする必要があるのではないでしょうか。

 

クラスター活動の具体例には、例えば船社と計器メーカーが共同してIBS(Integrated Bridge System)と呼ばれる統合ブリッジを開発したり、それらを使って実際に100mくらいの大変狭い海峡に船位誘導をしながらフェリーを航行させたりと、なかなか挑戦的なものが見られます。また、船長経験者とコンピュータ技術者が一緒になって自分達でECDIS Electronic Chart Display and Information Systemの製作会社を興した例もあります。

最近では、イギリス、ドイツ、フランスなど欧州先進10ヶ国が集まってノルウェーにプライマーと呼ばれる国際的なジョイント・ベンチャー組織をつくり、電子海図(ENC)のオンラインサービスを始める動きもあります。これは、各国のENC情報をプライマーがとりまとめ、主に人工衛星経由のオンラインで、契約している各船に配信するサービスです。海図情報は航海にとって重要な情報であるため、当然セキュリティも厳重であり、そこには極めて高度な暗号技術が使われております。現在はまだ20社位しか契約先がなく、採算は取れないそうですが、やがて彼等はこのサービスを陸上から船舶運航を行うシステムにまで発展させる計画で、ゆくゆくはそうしたシステムを世界標準にまで持っていくつもりのようです。

 

以上がノルウェーを中心にしたクラスター活動の具体的な動きですが、同様の動きはイギリスでも芽生えております。ロンドン近郊にChartcoという小さな会社ができました。これは年間売上1兆円を超す英国の巨大企業スミス・インダストリーとオランダのこれも巨大企業であるフーゴが海事情報をオンラインで各船に配信することを目的に、ジョイントで作った会社です。先程のプライマーに似ていますが、こちらは純民間会社で電子海図の情報だけではなく、気象情報、Differential Global Positioning systemDGPSのコレクション・データに加えてeメールまでもをインマルサットを使って配信します。現在は、既に250隻以上の船と契約を結んでおり、どんどん契約は増えているそうです。

こういったところが海事社会の再生に向けた欧州の動きですが、ポイントは彼等が常に新しいアイディアを追い求め、しかもそれらを確実に実行に移しているという点です。これは我々海事社会に身を置く者としては、大いに参考にしなければないけない点ではないでしょうか。

 

(3)    我が国海事社会における新しい動き

我が国の海事社会にも改革に向けての新しい動きが起こりつつあります。

1つには、皆様も良くご存知のシミュレーション技術を使ったコンサルティングや訓練などの新しいビジネスの誕生です。シミュレーションもしくはシミュレータは、人間の抱く難しいとか易しいという感覚を、かなりの精度で具体的な絵や数字に置き換えてくれます。従って、こうした道具を使用することによって、我々は定性的に表現されがちな海事技術というものを定量的表現に置き換え、そこから誰もが納得する答えを導き出すことができます。

 

それではシミュレータを使ったコンサルティングの具体例をお話ししましょう。例えば、新しいバースを建設しようとすると、バースの向き、長さ、強度、前面の水深、バースに至る水路の形状、バースの利用率、着離桟の安全性、係留方法等々、決めなければならない項目が数多く出てきます。これらは何れも新しいバースの機能を左右する重要項目であると同時に建設コストにも大きく影響する事項です。しかし、こうした重要事項であってもこれまでは事前に検証する適当な手法がないため、主に過去の実績を参考にして経験的に決められるケースがほとんどでした。この結果、完成後に種々問題を起こすことも決して稀ではありません。

シミュレーション手法は、こうした不都合を解決する手段として開発されました。操船シミュレータを使いますと、現在の地形に計画バースの形状を組み込んだコンピュータ・グラフィックスの画像を作り、そこに風や波の条件を加えて、実際に本船を入港させる実験を行うことができます。実験は、操船者のヒューマンファクターも考慮に入れ、バースの形状や自然条件を変えて、何度も繰り返します。この実験結果を詳しく分析すれば、問題点を事前に抽出することができるわけで、これはバースを事前に何度も試作することと同じです。コンサルティングでは、こうしたシミュレータ実験の結果を基に、最も現地に合ったプランを提案するわけで、それは当然、建設コストの大幅削減にも繋がります。

 

以上は、シミュレータ使用の一例ですが、実際のコンサルティングにおいては、海上交通の実態調査にはじまり、操船シミュレータ実験、係留動揺シミュレーション、交通流シミュレーション等々、ハイテク化した海事技術が駆使されます。

こうしたコンサルティングは日本国内だけではなく、台湾、コロンボ、マレーシア等の国々においても需要があり、現在、年間2030件程度がビジネスとして成立していると思います。

 

次に私共が実際に行ったコンサルティングの中で、操船シミュレータを民事裁判に使用したケースを紹介しましょう。

数年前のことですが、下船時にパイロットさんが海中転落により亡くなるという不幸な事故が起きてしまいました。原因は、本船が十分なリーサイド(風下舷)を作らなかった点にあるとして、ご遺族が訴訟を起こされました。

第一審では、唯一の物証である本船のコース・レコーダーの記録が大角度の変針を示していることを理由に、それが十分なリーサイドをとった証拠であると認定され、原告が敗訴してしまいました。我々の所にコンサルティングの依頼があったのは、その第一審敗訴の直後でした。

依頼を受けた我々は、操船シミュレータを使い、どのような操舵をすればコースレコーダーに表われた問題の大角度変針になるかを徹底的に検証しました。そのためのシミュレータ実験は数百回にも及び、大変な困難を極めましたが、最終的に、その時本船のとった操舵の様子を忠実に再現することに成功しました。具体的には左右に数度の舵を取った後、丁度海中転落のあった辺りで左35度の舵を約1分間、直後にその反対に右35度の舵を約1分半取ることによって、シミュレータによる航跡とコースレコーダーの記録が完全に一致したのです。

この操舵の方法から我々は、これは人が海中転落した場合の緊急操舵であって、決してリーサイドを作るための操舵ではないと主張しました。結局、操船シミュレータの実験結果が証拠として採用され、我々の主張が通り、裁判は強制和解の型で勝利することができました。後日談ですが、ご遺族である奥様から“主人の名誉を回復できて、とても感謝している”との丁寧なお手紙を頂きました。

 

もう一つのシミュレータ・ビジネスに訓練があります。BRM訓練という言葉をお聞きになったことがあると思います。これは、Bridgeにある計器類からの航海情報や乗組員の技倆等をすべて航海を安全に成就するためのResource(資源)として掴え、それらを如何に上手くManagement(管理)するかを教える訓練のことで、飛行機のCRM(コックピット、リソース、マネージメント)から派生したものです。

具体的には、東京湾の入港やSingapore海峡の通峡をシミュレータで再現し、そこでの実際の航行を通じて、乗組員のまとめ方、パイロットとの接し方、情報処理の仕方等を訓練する方法を採ります。

4年前のダイヤモンド・グレース号事件以降、BRM訓練に対するニーズが増え、現在我が国では年間延べ1,000人日程度がこの訓練を受けていると思われます。

 

以上が新しいシミュレーション・ビジネスの概要ですが、我が国海事社会におけるもう1つの動きに、今日の主題でもあります情報技術(IT)を用いた航行援助システムの出現があります。

これも具体例を挙げてお話ししましょう。

まず、既に実用化されているものに、GPSGlobal Positioning System)とGyro Compassを組み合わせた着離桟操船支援システムがあります。着離桟操船はこれまでそのほとんどが人の感覚に依存して作業が行われてきました。この装置は本船の位置をcm単位の精度で掴えると同時に、本船形状をレーダーのように点ではなく、画面上に長さ、幅共に正確に表示するので、操船者は画面上で本船の今の姿勢を見ながら位置の確認ができ、熟練に頼らなくても、比較的容易に着離桟作業を行うことができます。例えば、船首と岸壁との距離が12mであり、船尾はまだ18mであるとか、その船尾が8cm/secの速さで岸壁に近寄りつつあるといったことがリアルタイムで操船者にわかる仕組みです。基地局が必要にもかかわらずこのシステムは、既に国内3ヶ所に導入され、更に数ヶ所への導入が計画されております。

また、人工衛星を利用して本船と陸上をコンピュータで結び、必要な情報の交換をリアルタイムで行おうとする動きもあります。システム全体のイメージは、各船が船陸間の情報交換用にホームページを持っているようなものです。これを使いますと、船位、速力、気・海象等の航海情報に加え、機関のモニター情報まで船陸間で共有することができます。もちろん、必要なバース情報や荷物情報を陸上からリアルタイムで本船に送ることも可能です。更には、本船から送られてくる気象や波、更には潮流等の情報を基に、陸上から本船に対して都度、最適航路を指示することも可能になります。

私共では、先般、テクノスーパーライナーを使って日本/上海間でこのシステムの実験を行いました。通信には、NTTドコモの人工衛星NStarを利用しました。結果は良好で、ほぼリアルタイムの本船位置やスピード等の情報に加えて、本船動揺量まで陸側で捉えることに成功しました。このシステムでは、カメラで撮影したエンジン・ルームの状況を直接映像として陸側におくることも可能ですので、近い将来、陸上からのリモート・メインテナンスにも途を拓くと思います。

 

現在、国で開発中のものに“海のITS構想”があります。これは高度情報通信技術を活用した船舶交通システムの開発であり、一口で言いますと、人工衛星とコンピュータを利用することによって操船および交通管制を可能な限り自動化しようとする構想です。

具体的には、@着離桟支援システムに更に港内操船の支援機能を付加した新航海システム、A衝突、座礁回避システム、B高度船舶交通管制システム等を5年計画で開発しようというものです。

この背景には、情報処理の高性能化や通信の高速・大容量化といったITの進歩があります。構想はそうした技術によって、相も変わらず個人の技量に頼る海上交通を大きく変え、安全や物流の効率を飛躍的に高めようとするものです。

いずれにせよ、陸上と比べて比較にならない程遅れている海の情報通信の世界にも、やっと“IT革命”の波が押し寄せつつあるのが現実であるといえるのではないでしょうか。

 

(4)    これからの海事社会に求められるもの

我が国海事社会は、100余年をかけて作られた各種規制や制度の上に成り立っています。しかし、これらは何れも我が国がかつて海事先進国を目指す過程の中で作られたシステムです。所有する船舶のほぼ100%が日本籍船であり、15万人に近い日本人船員が存在した時代のシステムです。しかし、冒頭申し上げましたように時代は大きく、そして急速に変わりました。今や我が国は、かつて目指した海事先進国そのものになってしまったのです。

その結果、これらのシステムのほとんどが今の海事社会に質・量共に合わなくなっているのが現状です。

海事社会を改革するうえで、我々に求められることは、古くなったこれらの既成システムを一度ゼロから考え直し、必要に応じて作り直す姿勢ではないでしょうか。行政、教育、規制等に産業界の社内システムまでもを含めた、広範な分野における枠組みの見直し作業が、海事社会再生への必須条件と言えるでしょう。そうすることが、例えば「船は陸から一度離れると、孤立社会になるのが当然」とする様な固定観念を打破し、ITによる海・陸オンライン化の発想に繋がったりするのではないでしょうか。

海事社会に次に求められるものは、新しい価値の創造です。海運にしろ、造船にしろ、海事産業はこれまでどちらかというと労働集約型の産業として定着してきました。しかし、これでは人件費の安い後進国にキャッチアップされるのは必然であり、それが今日の我が国海事社会停滞の主因であることは申すまでもありません。すなわち、A地点からB地点までの単なる物の移動や、1トン当たりのコスト比較だけで造る船では、もはや後進国に対抗できなくなっているのです。

今後、考えられる対抗手段は、労働集約型から知識集約型産業への脱皮です。それは換言すれば、海事社会に新しい価値を持った、これまでにないシステムを創り出すことに外なりません。例えば、今、欧州で進行しつつあるITを利用した新航海システムの様な、いわゆる新しいビジネスモデルの創造です。

陸上では、現在カーナビが全盛です。しかし、GPSを利用したこれらのシステムは本来、海事技術に由来するものです。私は、本当なら、こうした新しいビジネスモデルが海事社会から生まれて来て欲しかったと思っております。

 

以上申し上げたことを、少しでも実現に近づけるべく、我々は今年、神戸商船大学、東京商船大学そして当社日本海洋科学の3者で、海事シンクタンク・コンソーシアムと言う組織を結成いたしました。これは、前段で申し上げたノルウェーのマリタイム・クラスター活動を参考として、我が国海事社会の再生を目指し、広く関係者にその主旨を呼びかけるための組織です。

海事社会の再生が一朝一夕にできるとは思いませんが、こうした意識改革のための運動が徐々に大きなうねりとなり、やがて新しい海事社会の姿が見えてくることを信じ、我々は今後もこの活動を続けるつもりです。

 

それでは時間になりましたので、私の話はこれで終わらせて頂きたいと思います。

ご静聴どうもありがとうございました。(拍手)

                (編集 (社)神戸海難防止研究会)

「この講演録は、(社)神戸海難防止研究会の「月例会」(会員むけ事業報告会)が第500回の節目を迎えるにあたり、平成12年10月27日、第五管区海上保安本部、(社)神戸海難防止研究会共催で「2001 海と人のかかわり」と題して行われた講演会の講演記録を編集したものです。